1. 4. 第1回入院

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午後病院から電話で明日入院可能であれば午前中に窓口まで来いという。一応OKと返事をしていよいよ入院ということになった。

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入院。担当医は大松医師にサブとして内藤医師がつくことになった。まず医師からの治療内容の説明があった。以下の通り抗がん剤および副作用防止剤を点滴する。

 

1日目

2日目

3日目

4日目

5日目

6日目

7日目

8日目

ビノレルビン

 ○

 

 

 

 

 

 

 ○

シスプラチン

 ○

 

 

 

 

 

 

 

補液

 ○

2500ml

 ○

1000ml

 ○

1000ml

 ○

500ml

 ○

500ml

 

 

 ○

200ml

 吐き気止め

 ○

 ○

 ○

 ○

 ○

 

 

 

 利尿剤

 ○

 

 

 

 

 

 

 

副作用としては吐き気,食欲不振,下痢,便秘,口内炎,白血球低下,貧血,血小板減少,脱毛等があり特に白血球の減少は激しい場合生命への危険さえ伴うとの説明あり。血液に異常が出るのは10日目から2週間目くらいなのでその結果次第で退院は2から3週間後となる。

1,2週間自宅で過ごして再度入院,同じ治療を実施する。これを3回行い,その結果で次の方針を決めるとのこと。

入院する部屋は4人部屋であるが,4人は常にカーテンで仕切られており,思ったより広く,窓側であったため明るく,そとの景色も見え,まあまあという感じ。共用ながら冷蔵庫もついていた。

昼食から用意されていたが,昼は食堂を利用し,午後からベッドに住みつくことにした。本日は採血,レントゲン,尿検査のみ実施。午後には9階にある展望風呂に入る。本来なら筑波山が見えるところなれど曇っており見えず。その後本を読むなどで過ごした。

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午前中より1日中点滴。補液を2500mlも入れるので小便の頻度多し。しかもこれをその都度計量する必要あり。必要量排出できないと問題だという。

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副作用が出てきた。まず食欲がまったくなくなった。更に便秘。無気力症候群。

この状態がだんだん良くなるが18日,19日と継続した。

920日,21日

食欲,気力とも多少戻ってきた。庭の散歩に出てみた。21日には食欲ほぼ回復。病院の隣にある柏の葉公園内を散歩。約1時間なれど相当に疲れた。

9月22日

本日採血。白血球が下がり気味。腎機能低下。

9階の喫茶店でコーヒーを飲む。久しぶりでコーヒーがうまいと感じた。

9月23日

2度目の抗がん剤点滴。その後下痢が始まった。看護婦に下痢止め薬をもらって飲む。

9月24日,25日

医師より許可が出たので1泊で自宅へ戻る。

9月26日

採血とレントゲン。本日の次は29日に採血ありその結果で退院を決めると医師はいう。本日の採血結果白血球が前回より更に下がっていた。2300/μl

9月27日,28日

食欲が完全に戻ってきた。ただし,便秘が数日つずいている。28日夜下剤をもらって飲む。

9月29日

本日採血。結果は白血球800/μlに低下。退院どころではなくなった。今日から4日間白血球増加対策の注射を打つことになった。

あと,うがいをよくせよとうがい薬がきた。

9月30日

隣のベットにいた人が4日後から同じ治療をうけたのだが,本日退院して行った。血液の結果が良かったらしい。

10月1日

夜体温が38.2度まであがる。抗生剤の点滴が始まる。明日からは朝,夕2回おこなうという。

10月2日

夕方より熱が出る。38.9度

解熱剤を飲む。1時間ほどで37.4度まで下がった。

10月3日

採血,レントゲン。熱はほぼ平熱に下がった。白血球は2300. 医師によればレントゲンで見る限り肺炎の気配はないという。2,3日前から舌の先に炎症ができていたが,口内炎の薬がくる。

10月4日

熱も出ず。抗生剤点滴2回を継続。

10月5日

朝,髪の毛を梳かしたブラッシに抜け毛がいっぱいついてきた。いよいよ副作用も最終段階か。結局副作用として上げられていた項目のほとんどフルコースを体験したことになる。

10月6日

採血実施。白血球4700までに復活。明日退院と決まる。。本日まで抗生剤の点滴がつずいた。

看護婦によると白血球800はかなり厳しい数値で命にかかわることもあるという。肺炎でも併発していたらかなり危なかったのであろう。

退院したらうなぎでも食べたいなと思っていたら,本日の夕食にうなぎの蒲焼がついていた。久しぶりにほぼ完食した。

10月7日

退院日。次回入院の予定は1週間から10日後の10/14-10/18と指定され,再入院手続きを行う。医師によると次回は薬の量を減らしてみようとのこと。白血球の下がり方に医師も多少びっくりしたのであろう。

以上により第1回入院は無事完了した。

 

入院中の暇にまかせて

1.5年生存率

肺がんの5年生存率は25%〜30%程度とある。

これによると入院患者の3人に1人あるいは4人に1人しか5年後には生きていないことになる。

病棟のロビーに集まっている患者をみてここに4人いるが3人は5年後にはいないのだななどと考えてしまう。

何処かで似たようなことがあったと思ったら,50年前大学受験のとき周りを見まわして大勢いるが10人は落ちて一人がやっと受かるのだと思ったことを思い出した。大学に入ってみるとそのとき落ちる方に分類されていたN君,O君がいたのにはびっくりした。

2.84歳の老人

同室に肺がんの手術を受けた84歳だという老人がいた。5年生存率25%くらいのリスクをしょって痛い思いまでして良く手術を受けるなと感心してしまう。25%に入ったとしてもその前にそれ以外の原因で死ぬことも十分予想されると思うのだが。

 

3. 医者と患者の会話

患者:余寿命が仮に3年として,治療によりこれが5年に延びるとする。ただし,この5年のうち2年分は治療による副作用と戦っているとしたら癌治療というものはあまり意味があるとは思えないのですが。

医者:患者が苦しもうと患者を延命させるのが医者の義務です。また,5年生存率を上げることが病院の評価上患者のことより重要なのです。

これはまったくのジョークです。

 

4. 展望風呂

病院最上階である9階に筑波山などが見える展望風呂がある。他は知らないが病院としては珍しい設備であろう。

風呂に入っている人のなかには,放射線治療のためのマークで矢印やら横長の四角形に縦横中心線を入れたマーク(湾岸戦争当時TVに良く出てきたミサイルの標的のようなもの)をマジックで書いてある人が何人かいて通常の銭湯や温泉では見られない異様な風景である。

 

5. 病院食

病院食は初めてだが,これほど味のないまずい物とは思わなかった。特に抗がん剤投与後は食欲が落ち,匂いをかぐだけでうんざりする。これでもメニューを見る限り立派で町の食堂なら十分通用するのだが,減塩食でもないのにこのまずさは何だ。

病院関係のえらい人たちよ一度食べてみてはいかがか。

 

6. 病院の庭

ホスピスの1種であろうと思われるケア病棟が病院の一部としてある。その前にかなり広いきれいな庭園があり,池,芝生,花壇などの手入れが行き届いている。入院中の朝の散歩に良く出かけたが,スケッチ用に絵の具は持っていったが絵は一枚も画かなかった。画く気にならなかったというべきか。

 

7. 病棟のロビー

エレベータホールにロビーがある。ロビーに出てきて椅子にかけて話をしている患者を見る限り普通のおじさんである。とくに癌で苦しんでいるといった風情は感じられない。これで5年生存率が25%?

もっとも,元気のある人のみがロビーに集まっているということかもしれないが。

 

8. 岐阜の某医師の言葉

入院中見た本にこんな言葉があった。

 

早期発見は命取り

  (癌を早く発見されると手術や薬で殺される。)

精密検査はネズミ取りだ

(医者はもっともらしい顔をして脅かし,警察のネズミ取りのように網にかけ,健康人を患者にしてしまう。)

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